ジャージピアノボーイ

圧倒され、緊張した。

数日前に「今週末、誰でも弾いてok!というグランドピアノを設置します」という近所にある文化ホールのTwitterによる告知を目にした。最近、楽器に興味を持ちだした息子にグランドピアノを弾かせあげられるという思いのもと会場へ行ったが、人数制限があり弾くことはできなかった。息子に期待させてしまっていたので悪いことしたなと思っていると、ピアノの演奏の音色が私たちのもとに届いた。それが聞こえてくる方へと進んでいくと、大きな窓から綺麗に手入れのされた中庭が広がるロビーに着いた、ロビーの中央にグランドピアノが設置してあ?りそこでは上品な60代ほどの女性が「上を向いてあるこう」を弾いていた。ピアノの周りには20脚ほどの椅子があり座って鑑賞できるようになっていた、私たちも空いていた椅子に座り演奏を聴くことにした。席に座ると同時に女性の演奏は終わった、拍手をする観賞者に向けてお辞儀をして次の演奏者と交代した。次の演奏者は10代前半の男の子でこの日の最後の演奏者だ、スポーツブランドのジャージをセットアップで着用し靴はスニーカーを履いていた、彼は観賞者には目もくれずグランドピアノの前に座って演奏を始めた。その瞬間だ、なにかとてつもない衝撃が私のなかにはしった。感じた事のない感覚に圧倒され夢中に彼の演奏を聴いた。私はなぜだか分からないが緊張していた。5分ほどの彼の演奏中は別の空間へ行っていたようだった。演奏がおわり現実へと戻されたとき心からもっとあの空間にひたりたいと思った。聴いていたというよりひとつの物語を体験していた感覚だった。

ふと、息子に目をやるとじっと固まっている、「すごかったな」と私が言うと。

「なんかドキドキした」と息子は言った。

「お父さんもだ」と返して。その後は無言でロビーから誰もいなくなるまで2人で座っていた。